①新納 太志(にいろたいし)
( 写真:左から2番目 )
昭和47年生 屋仁川生まれ
高校まで奄美で過ごし、福岡の大学へ進学。
その後、通信制大学の教育学部へ
趣味:スポーツいろいろ
小学校→水泳・陸上 中学校→バスケットボール・ハンドボール
高校→サッカー 大学→テニス 社会人→フットサル・ハンドボール
大学卒業後、鹿児島県の大手スーパー鮮魚部門で1日300匹のサバの3枚卸・マグロの柵取り・鯛の姿造りなどいろいろな捌き方を学んだ。この当時、Jリーグの前座試合に出場して鴨池のピッチに立った。1年後退社。
通信大学在学中は様々なバイトをして社会勉強。
軽い気持ちでバイトに入ったカラオケ店で、数々の備品をキレイにし掃除隊長に任命される。
バイトから正社員へ登用。自動販売機を扱うベンター部門を任せられる。
資金調達をして教員の道を目指すも叶わなかったが、現在の保険業に至り、日々お客様満足のために奮闘中‼
②平田 誠(ひらたまこと)
( 写真:左端 )
昭和51年生 瀬戸内町出身
中学卒業後、親元を離れ高校から始めた部活動(レスリング)に励み、県大会優勝、インターハイ、国体に出場することができました。
練習はとても厳しく、辞めたいと思ったこともありましたが、親には迷惑をかけられないという気持ちと、負けてたまるかという気持ちで頑張れました。
社会人になった今も、礼節や気持ちの切り替え、前向きに考える精神など、当時の経験は生かされています。
保険の仕事を始めた当初は、前職(自動車整備士)との違いに戸惑うことが多くありました。でも、自分の頑張りが目に見えて分かる事、お客様の役に立てることなどを経験し、今では仕事のやりがいを感じています。
②佐倉 勇人(さくらゆうと)
( 写真:右端 )
昭和59年生 喜界島出身
現在、奄美市で単身生活。家族(妻、4歳娘、2歳息子)は喜界在住。
前職は、地元金融機関に13年勤務していました。
とてもやりがいのある仕事で、忙しくもありましたが楽しく働かせていただきました。
今の私があるのは育てていただいた全ての方々のおかげです。
当時、奄美群島内を転勤で回り、たくさんの人たちとの出会いがありました。
今でもお付き合いさせていただいており私の財産になっています。
常々「家族は一緒に暮らすのが一番だ」と思っていた折、
当社の社長から「喜界島に帰って保険の仕事をしたらいい」と言っていただき転職を決意しました。
保険業も金融業と同じ「人のために役立つ仕事」です。
お客様が悩んでいること、困っていることなどがありましたらお気軽にご相談ください。
一緒に解決していきましょう。よろしくお願いいたします。